「セッションするとどうなるんですか?」
という質問を時々もらいます。
これは体験してもらうのが一番なのですが、
まずは知りたい、と思うのも当然。
振り返ると、レメディを使い始めて23年
セルフケア講座を始めてから10年。
少しは言葉で伝えられないと、です。
なので、ちょっと試みてみようと思います。
というわけで、今回はちょっと長めです。
時々、ホメオパシーを波動療法とか量子医学だ
という説明がされていることがありますが、
私は、周波数が変わる、という言い方が
しっくりくるような気がします。
遺伝か、環境か、習慣か、食べるものか、
思考癖か、はたまたカルマのやり残しか、
私たちの生きている空間には周波数が
偏ったり乱れたりする要因がいろいろあります。
そして、私たちに正常な感覚が残っているときは
無意識のうちにそれを修正しようとするでしょう。
それは友だちとのおしゃべりでもいいし
好きなところに出掛ける
旅行に行く
音楽を聴く
運動をする
断食をする
食事を変えてみる
ヨガや瞑想をする
人間関係を変える
考え方を変えてみる
自然の中で過ごす
音叉を鳴らす
芸術に触れる
仕事を変える
本を読む など。
そんなことでも周波数は少し変化します。
だから、逆にいえばそんな微調整で自分に戻れる
そうであれば、セッションは
とくに必要ではないかも知れません。
とくにベースが
・心から納得できる仕事ができている
・親子関係やパートナーや家族関係が健全
・学校や病院に支配、洗脳されていない(笑)
・ストレス解消がうまい
・エゴが薄い
といったような人はわりと健康です。
レメディもセルフケアの範疇で使えば大丈夫。
だけど、忙しい、余裕がない、自分を変えない、
頑固、エゴ、勘違い、被害者意識、自暴自棄、
ストレス、毒の溜まり過ぎなどに陥って
自分の力だけでは戻れなくなってしまったようなとき、
または、思い込み、トラウマ、不安、恐怖心、
自己評価が低い、悲しみ、嫉妬、鬱など
感情の影響に支配されてしまっている。
そんなとき、ホメオパシーは大きな味方となります。
ホメオパスが職人のごとく、知識と経験と
インスピレーションを総動員して、その人の周波数を
健康に戻すようなレメディを提案するわけです。
そして、わかっているけど自力では変えられない
状態だったのが、それに類似したエネルギーのレメディに
よって深いところからの変容がもたらされるのです。
なぜ、そうなるのか?は、
紀元前ヒポクラテスの時代から「類似の法則」と
いうものに人類は気づいていたくらい、
元からあった自然法則なのです。
だから、「なぜ?」といわれても
それは重力があるのはなぜ?と聞かれるのと同じで
説明はむずかしい。
それが証明されないと納得できない、というのは、
それこそが一つの「症状」なのかも知れません。
リスク(副作用や依存性)がないのだから
試してみて受け入れるか否か、
決めたらいいんじゃないかと思います。
物質的にあるものはすべて元は量子です。
見えないくらいの小さな粒の集合は、
こちらの周波数によってさまざまに形を変える。
だから周波数が変わるとチャンネルが変わったように
見え方、捉え方、受け止め方が変わって、
今までと同じ現象、環境の中にいても、
以前のような反応でなくなるのです。
結果、症状も消えていく。
決して病気の部位だけの話ではありません。
チャンネルが変われば物語も変わります。
出会いや縁も少しずつ変わっていくでしょう。
つまり人生(魂)の向かう方向性に健やかさが増す。
それも内在していた自己治癒力が刺激を受けて
そうなっていくのです。
すばらしい療法だな、と私はいつも感動します。
一生かける価値があると信じてます。
レメディ(Remedy)は
Re(戻る)- midi(中心=自分)という意味。
ニュートラルな本来の素の自分に戻るのです。
余計な重力が消滅すれば、その分のエネルギーが
もっと有効に行使できるようになります。
だから重病な人ほど、酷いアレルギーがある人ほど、
偏った習慣、癖がある人ほど、
じつはエネルギーが多い人でもあるのです。
そのエネルギーが変容し、健全な方に向かえば
もっと良い仕事ができるようになったり
より良い人生が送れるようになるわけです。
しかし、私たちの脳は少しくらい不健康でも不幸でも
不自由でも慣れ親しんだ状態でいることが安心です。
マゾか?っていうくらいそれに執着する人だっています。
未知の世界がいくらラクで健康になると言われても
変化を拒む習性は思いのほか強くて
それが少ない人にはあまりわからないと思いますが
慣れていないことに抵抗を感じる人は意外に多いのです。
でも、私はそれでもいいと思っています。
人はみんな違うし、経験したいものも違う。
それぞれの「えいやっ!」と思うタイミングがあるし
それは今世ではないのかも知れない。
だけど、それが今だと思った人には真摯に伴走する、
というのが私たちの仕事のスタンスです。
健康な人、セッションを受けた人はオーラが違う。
顔つき、姿勢に余計な力が入っていない感じになります。
もちろん、長年の蓄積でできた習慣や症状は
すぐに消えないことだってあります。
ゴムに引っ張られるように
少し揺り戻しがおこることだってあります。
よく伝えるのは「螺旋状に変わっていく」ということ。
ある方向から見たら、レメディを摂ったのに戻ったと
感じるかも知れませんが、方向を変えてみたら
一段ずつ上がって揺れ幅も狭くなっていくイメージ。
私たちの理解する現代医学での「治る」のように
抗生剤や手術で強制終了する「治る」とは
感覚的にも違うものです。
「治った」の原体験が外からの強制力だった、
または、その「治る」に慣れていると
曖昧に感じるかも知れません。
でも、それは「修理」に近いのです。
本来の「治る」は肉体だけでなく、
それを生じさせた精神、
もしかしたらもっと古い遺伝、
またはずっと残っていた魂の痛手かも知れないのです。
その深い原因(エネルギー)を放ったまま
表面だけの修理を続けると
それが新たな歪みとなって蓄積されていきます。
それと、もうひとつ。
レメディを摂った後にそれまで出合わなかったものに
出合って治った、というケースもよくあることです。
そうすると、人はホメオパシーで治ったとは思わず
その、それまで出合えていなかったもので
治ったのだと考えます。
これは海外でもホメオパスの苦笑のネタのようで、
再診の時に、様子を伺うと
「アボガドを食べるようになったら治りました」
「〇〇健康法を試したら治りました」
「いい本を紹介されて読んだら治りました」
などと返ってくる。
私の友人にもありました。
彼女は顔面麻痺でパニックになっての相談でした。
ものすごく追い詰められていると話していたので
あれこれ問診したのち、私はレメディ名と
ポーテンシー(希釈震盪の単位)を伝えて、
彼女は自分で買いにいき(海外ではドラッグ
ストアで購入できるので)伝えた通りに
レメディを摂りました。
2週間くらいして連絡が来たとき彼女が言ったのは
「ボストンの教会に行って先生と一緒に真剣に
祈ったら治ったの!」でした(笑)
でもよく聞くとまだ症状が少し残っているというので
もう一回、摂ってもらいました。
そして、数日後すっかり治って食事も口から
こぼさなくなった、嬉しい!と涙声。
でも彼女は「教会の人たちには内緒にしている。
だって彼らは神が治したと信じているから!笑」
もう、何が何だかですが、
こういうことをホメオパスは度々、経験します。
それも結局、周波数(チャンネル)が変わったから
必要なものにであえた(気づけた)とも言えるわけです。
だけど、人はやっぱり見えないエネルギー(周波数)
よりも、具体的に見える食材や名前のついた健康法や
人や場所や物質の方が理解しやすい世界なのでしょう。
でも、つまり、それくらい自己治癒力が発動した時には
自然で、まるで元々そうであったように穏やかに変化します。
そして、そう表現するのもある意味、真実。
レメディは周波数を変える、あくまできっかけの
刺激であって、実際に行動したのはその人だからです。
なので、話を戻すと、本当に「修理」しなければ
ならない時は、ありがたく修理(治療)をしてもらう。
命がかかっている緊急時はとくに。
だけど、そうでない症状や病気とは時間がかかっても
真剣に取り組んだ方がいいのでは?ということ。
危機は 危険の「危」+機会の「機」。
事故や病気は自分の魂との対話のチャンスが来たぞ〜!
と声をかけられている状態。
魂がもっと高みへと翔く可能性を秘めているからこそ
そのチャンスが降ってきているのです。
